2025年1月31日、長野県の根羽村(ねばむら)を訪ねてきた。
人口およそ800人、長野県の最南端の小さな村である。
僕の暮らす熊野市も三重県の最南端にあって、ど田舎同士ということで妙な縁を勝手に感じた。
ただ、根羽村の特筆すべき特徴は、村の全世帯が森林組合員だということ。全村民にとって、森林とは生活に密着しているのだということにとても驚いた。
今回呼んでもらった理由は、「森とまちの流域学」というトークイベントへの登壇。
村の地域資源である森林の重要性を再認識し、環境保全や活用方法、矢作川流域の連携のあり方などについて考えてもらおうと、村が企画したイベントである。

どうして僕が呼ばれたかというと、司会者の杉山さん(通称マギー。以下マギーさんと呼ぶ)が以前から「nojimokuの取組がおもしろい」と注目してくれていたらしい。
nojimokuは製材所ではあるが、セーザイゲームやのじもくツアーなど、製材所とは思えない(?)ちょっと“はみ出した”活動をいろいろやっていることがおもしろいと言う。

のじもくツアーとして工場見学やセーザイゲームを体験していただき、夜は一緒にお酒を飲みながら「田舎あるある、山村あるある」で盛りあがり、「結局、おもしろい人生とか豊かな暮らしってなんなんでしょうかね」というテーマで語り合い、僕とよく似た価値観でとても親近感が沸いた。
翌日は熊野古道を案内し、熊野の海も散策。一泊二日の時間はけっこう濃密で、気がつけばお互いすっかり意気投合していた。

そして迎えたトークイベント。
人口800人だし、集まっても20名くらいかと勝手に思っていたら、50名以上が集まってくれた。村人の大人の1割近くが林業や地域の未来を真剣に考えているという事実が、すでにすごい熱量である。

トップバッターは吉水純子さん。若い頃東京でシンガーやってて、なんやかんやあってヒマラヤに行き、山に魅了されたのだという。東北大震災で日本が大騒ぎしていた頃に、インドのマハラジャに出会ってアロマに関連する仕事で起業し、いまは宮崎で地域材を使ったアロマオイルを作っているという超パワフルな行動力の方のお話し。ぶっ飛んでておもしろかったし、何より人間力の高い魅力的な人だった。

そして僕の出番。はじめに「根羽村でなんで製材所をやっているの?」という村民への問いからスタート。僕の場合は、借金地獄から這い上がるために製材所をやっているという自虐ネタを口にすると、会場から失笑が聞こえた。
よしよし、いい感じだ。
この引き笑いが僕はたまらなく好きなのだ。
その後、諦めないでさまざまな試行錯誤や改善を重ね、nojimokuは今に至るという話をさせていただき、わりと多くの皆さんが共感してくれたようだった。

パネルディスカッションではマギーさんとユーキさんと共演。
すっかり親しくなったユーキさんは根羽村に生まれ、根羽村で育ち、なんとか根羽村を元気にしたいという強い思いがある。
マギーさんは東京から移住したという外の目線を持ちながら「東京にはない魅力がここにある」と断言している。
その情熱がまた心地よかった。過疎が進んでも「まだまだいける」という強い意思を持った人たちが集まれば、なんだかすごくおもしろいことが起きそうだと感じる。
お金のあるなしに関係なく、今あるものを楽しんじゃう――そんな根羽村の姿に、僕は大事なことを思い出した。
僕の立場は「社長」である。
nojimokuの未来に責任を持つのが役割だ。
ただ僕はこの役割を全うするために、日々の業績や資金繰りに追われ、いつのまにかひとつの価値観に執着して生きていた。
でも今回根羽村の人たちと触れ合うなかで、何かに執着して「よそ見しない」というより、時には「ナナメに広がる視点でみてみる」ことも大事であると再確認した。
たとえば行政区域の境なんて、人間が勝手に引いた線に過ぎない。
熊野の山も根羽村の山も、辿ればつながっていて、くくりとしては「山」である。
暮らす地域は違っても、林業や製材業はもっと軽やかに、そして気持ちよく連携できるのではないか。人が気持ちよく繋がっているのに、エリアというくだらない概念に分断されたくない。
これから僕たちは、自分たちの地域や価値観の「おもしろい」をもっと自信を持って表現したっていいと思う。お金があるからこその豊かさみたいなものも確かにあるが、「そこにあるものでおもしろがる」というのも、決して悪くない生き方だ。多くの人の「これが正しい」という価値観に拘束されるのではなく、僕らは自分たちが大事にしている“はみ出し具合”を、もっと堂々と晒してもいいんじゃないかと思う。
そもそも「楽しい人生、豊かな暮らし」なんていうのは、軽い言葉で簡単に言語化できるようなものではない。でも、それを体現している人たちは、とにかく目の輝きが違う。今回の根羽村で出会った仲間がそうだった。なんか明るいのだ、目だけでなく顔も雰囲気も。
根羽村で山地酪農を実践している幸山明良(こうざん・あきら)さん。目がキラキラ、というかギラギラしてて素敵な人だった。

僕もそこに共鳴して、一緒に笑い合って、気付けばあっという間に4日間の交流が終わっていた。
根羽村からのお声がけがこんなに楽しくなるとは驚きであり喜びであり、こういう思ってもみなかった展開こそが「おもしろい」んだなあと、改めて思う。
さて、この先どんなことが待っているのか。
僕もいまだにしっかりとは見通せない。
しかしどうせなら、熊野と根羽村のど田舎連合で、もっとかき回してみたいものだ。
それにはやはり、おもしろいことを考え続ける妄想力と、楽しいことを実現させる圧倒的行動力が重要だと思う。
そして諦めない心。
そう、ネバーギブアップだ。
今回、お互いのその行動の結果が、僕と根羽村を繋げた。
そう考えると、人生とは何が起こるかわからない。
だからおもしろくて楽しい。
根羽村に行ってほんと良かった。
だって、これからおもしろいことが延々と続く、
僕と根羽村仲間とのネバーエンディングストーリーが始まったのだから。