
2024年の冬、僕たちは熊野の製材所「nojimoku」の門を叩いた。
三重県熊野にあるちょっと変わった製材所のツアーに参加するためだった。
檜の良い香りがする綺麗なショールームで「セーザイゲーム」という製材所のあれこれがわかるゲームを体験した。
その後、原木市場や工場見学をした。ゲームで製材所経営が少し見えていたこともあり、知識が体験になる時間の短さが新鮮だった。
そして、何よりこの会社、なんか面白い。
nojimokuには「NOJIS規格」という独自の品質基準がある。
製品はどれもよく整っていて、評価が高い。
だからこそ、仕入れた丸太のうち、製品になるのは 30%しかない。

山から100。いいところだけを切って、乾かして65。
さらに削って、加工して、最終的に製品として出荷できるのが30。
残り70は、バークになり、タンコロになり、製紙用チップになり、おが粉になる。
そして、相当数のハネ材も出る。
これは、一見すると問題なく使えそうなものが多いのだが、
ちょっとの節かけや木の表情の違いをマーケットも許さないし、nojimoku側もプライドを持って選定し、届けている。
日本の木造建築に対する美意識からきている品質保持の面もあるが、
もしかしたら、工業製品のように天然素材を見てしまっている面もあるかもしれない。

仕事柄、様々な工芸産地や製造現場にいくのだが、同じような文脈でB品や産廃になる素材たちに出会うことがある。
誰かが悪いというわけではない。その市場や産地では、そういうものなのだ。
「歩留まりってのはそういうもんだ」と現場の人たちが当たり前に言う。
その「当たり前」がいちばん怪しい。
僕はその産地ならではの空気感や当たり前を冗談まじりに「産地の呪い」と言うときがある。
呪いには、きっと3つある。
ひとつ目は 個人の呪い。
「これはこういうもんだ」という、静かな苦しみ。
ふたつ目は 関係性の呪い。
業界内の慣習、取引先との力関係、断れない常識。
みっつ目は 構造の呪い。
市場のしくみ、価格決定のメカニズム、誰が悪いのか分からない不条理。
3つは別の話に見えて、全部地続きだ。
僕はクリエイティブディレクターとして、いろんな産地やものづくりの現場に入る。
陶磁器の産地。木工の産地。和菓子の工場。家電の工場。違う業種で、違う困りごとに出会う。
だけど、現場の人たちが「当たり前」として呑み込んでいる構造を解くと、3つの呪いが、絡まって出てくることがよくある。
熊野で見たのは、その絡まりの一例だった。
ただ、今回ちょっと違うのは、この少し変わった製材所だからこそ、何か面白いことが起こるかもしれないと思ったことだ。
2025年、僕はnojimokuに「SIJON」というコンセプトを提案した。
NOJIS規格のウラ側、ハネ材を堂々と売るための新しい規格だ。
NOJISを反対から読むとSIJON。
いつもとは違う反対側から製材所を眺める取り組みでもある。

ハネ材には、表情がある。
例えば、こう考えてみたらどうだろう?
節があれば「宙(そら)」と呼ぶ。小さな星が、たくさん浮かぶ材と呼ぼう。
ヤケがあれば「刻(とき)」と呼ぶ。時間が舐めた指紋、と呼ぼう。
欠点を、そのまま欠点として安く売るのではない。
欠点と呼ばれていたものを 表情として愛でる。
見る人が見たら、ハネ材ではなく、個性のある素材になる。
そういう人に、そのまま使ってもらえればいい。
製品の表情だけから汲み取るのではなく、僕らの価値観と美意識で、製材所の現場で、森で、問い直す。
じゃあ、呪いはどう解けるのか。
これがいちばん難しい。
SIJONは、呪いを使い直す 仕組みであって、呪いを解く仕組みではない。
呪いを解くには、もう一段、奥があるような気がしている。
今のところ、僕がたどり着いた答えは、ふたつある。
ひとつ。自分の足元を見つめること。
呪いは外にあるのではない。自分の中にある「当たり前」の中にこそある。
だから、まず自分の足元を見る。
ふたつ。他を受け入れる勇気。
自分以外の視点、自分以外の業界、自分以外の世代に、耳を傾け、受け入れ、学び、自分の足元に活かす。
そしてもうひとつ、決定的なこと。
自分の呪いは、自分にしか解けない。
誰かに解いてもらおうとしているうちは、解けない。
実践なくして、得るものはない。
だから足掻く。動きまくる。それしか手はない。
だったら、面白がるしかない。
このnojimokuでの取り組みを僕たちはAMASUNAと呼んでいる。
毎月1回ほどのペースで、ハネ材や製材所の呪いを面白がり、楽しんでいる。
メンバーが言った。
「材を余すな、命を余すな」
このフレーズからできた取り組みのネーミングはみんな気に入っている。
メンバー6人は、それぞれが、自分の呪いを自分で解こうと足掻いている、その姿を持ち寄っている。
誰も責めない。何かのせいにもしない。
僕たちはただ、しょうもない自分たちを面白がり、バンドのように集まる。
自らを問い続け、ロックの精神で、生きていく。
最近思うのだが、この活動そのものが歩留まりが悪すぎるのだ。
「歩留まりジゴクへようこそ」
それが、AMASUNAだ。
世界を余すな。命をアマスナ。
呪いごと、歌え。
WE ARE AMASUNA!
生業は産地の呪いを撃ち抜くCURSEBREAKER。
「WE ARE AMASUNA!」
WE ARE AMASUNA!
WE ARE AMASUNA!
何者でもない 俺たち6人
呪縛ってやつには もう呪いがかかってる
幾重に絡まったそれを ロックに引きちぎる
いくぞ 引くやつは引け
迷い込んだスタジオ
セーザイゲームで 山を知る
山から100 いいとこ切って乾かして65
削って30 残りはどこに行った?
ようこそ 呪われた製材所
工程マップ ここから始まる 歩留まり地獄
俺たちは自覚する 紡がれる呪いの連鎖
個人の呪い 関係の呪い 構造の呪い
いろんな話が 全部地続きじゃねえか
「当たり前」が いちばん怪しい
足元を見つめろ 俺たちってしょうもねえ
誰も責めるな 俺たちがやるしかねえ
だから歌え
世界を余すな 命をアマスナ
呪いごと 歌え
世界を余すな 命をアマスナ
呪いごと 歌え
NOJISのウラは SIJON
ハネ材は 堂々と売れ
節は宙(そら) 小さな星が浮かぶ材
ヤケは刻(とき) 時間が舐めた指紋
欠点を愛でろ 侘び寂び経年美
呪いから降りて SIJONに乗れ
解呪の手がかりは 自分の足元
そして 他を受け入れる勇気
自分の呪いは 自分にしか解けない
だから足掻き 動きまくるしかない
足元を見つめろ 俺たちってしょうもねえ
誰も責めるな 俺たちがやるしかねえ
だから歌え
世界を余すな 命をアマスナ
呪いごと 歌え
鬼ヶ城フェスまで 世界の終わりの前日まで
WE ARE AMASUNA!
WE ARE AMASUNA!
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